奈落の王
壱岐津礼
白昼を尚白く裂き天地を繋いだ火柱の中、一つの王国が滅び、一つの城が堕ちた。陥落したのではない――或るいは陥落したとも云える――文字通りこの世ならぬ異界の底へ深く深く落ち、墜ち、堕ちて地上の全ての命有る者の眼前より姿を消した。
と、伝えられている。
書は散逸し、詩人どもの戯言は信ずるに足らぬ。正しき伝えは失われて久しい。が、ひとまずは、虚実を問わず拾える限りの断片を拾い、接ぎ合わせ、その発端から終焉までを語るとしよう。
国の名はケルキニー。
滅びる直前までは大陸の約三分の一を、薔薇の葉を蝕む病の如く染め、なおも広がるのではないかと恐れられていた。しかし国の興った当初は強くもなく、忌み語られる機会も後に比べれば遥かに少なかった。
海は遠かった。三方は岩山に囲まれ、拓けた地は少なく、半ばは森に覆われていた。岩山の側、切り立った断崖の向こうとの交渉は無かった。平地の側、深き森は隣国との国境まで達していた。闇深い森であり、ケルキニーと隣国の双方に恐れられていた。ケルキニーの側に、より恐ろしい獣が潜むと伝えられていた。並の獣も多い。が、獣ならぬ黒き獣が蔭の一層深く濃く落ちる夜の樹の間に跳梁跋扈するのだ、と。隣国――キケリクという――は、早々に森の縁に高く厚く壁を築き、これを国境と定めた。本来ならば争われるべき領土を、影への恐れゆえに譲った形であった。
ケルキニー側も無為無策に闇に怯えるのみではなかった。斧と太い腕を持つ兵士たちが幾度か森に攻め入った。地に蔭落とす太い幹に刃を食い込ませ、火を放ち、陽光の支配領を広げるべく闘いを挑んだ。いくばくかの効果は有った。火はことによく働いた。
が、全てを駆逐するには至らなかった。森はしぶとく抵抗し、何人か、何十人かの兵を樹下の闇深くに呑み込んだ。伐られようが焼かれようが何度でも再生を試み、何度でも大いなる蔭の腕を伸ばした。地と、地を這う者たちを己が懐に抱き入れんと、ねばり続けたのだ。
建国より二代目にして、ケルキニーの王は森を征する野望を捨てた。監視の拠点として砦が置かれ、見張りの兵が配された。任に就いた者には、その任を全うできれば一生の暮らしに不自由の無い財と名誉が保証された。全うできぬ者が多かった。逃げた者、消えた者……。或るいは連れ戻され、或るいは再びの着任を拒み……。拒めば森の奥へと追い立てられるのであった。行く末の知れる例は少な
と、伝えられている。
書は散逸し、詩人どもの戯言は信ずるに足らぬ。正しき伝えは失われて久しい。が、ひとまずは、虚実を問わず拾える限りの断片を拾い、接ぎ合わせ、その発端から終焉までを語るとしよう。
国の名はケルキニー。
滅びる直前までは大陸の約三分の一を、薔薇の葉を蝕む病の如く染め、なおも広がるのではないかと恐れられていた。しかし国の興った当初は強くもなく、忌み語られる機会も後に比べれば遥かに少なかった。
海は遠かった。三方は岩山に囲まれ、拓けた地は少なく、半ばは森に覆われていた。岩山の側、切り立った断崖の向こうとの交渉は無かった。平地の側、深き森は隣国との国境まで達していた。闇深い森であり、ケルキニーと隣国の双方に恐れられていた。ケルキニーの側に、より恐ろしい獣が潜むと伝えられていた。並の獣も多い。が、獣ならぬ黒き獣が蔭の一層深く濃く落ちる夜の樹の間に跳梁跋扈するのだ、と。隣国――キケリクという――は、早々に森の縁に高く厚く壁を築き、これを国境と定めた。本来ならば争われるべき領土を、影への恐れゆえに譲った形であった。
ケルキニー側も無為無策に闇に怯えるのみではなかった。斧と太い腕を持つ兵士たちが幾度か森に攻め入った。地に蔭落とす太い幹に刃を食い込ませ、火を放ち、陽光の支配領を広げるべく闘いを挑んだ。いくばくかの効果は有った。火はことによく働いた。
が、全てを駆逐するには至らなかった。森はしぶとく抵抗し、何人か、何十人かの兵を樹下の闇深くに呑み込んだ。伐られようが焼かれようが何度でも再生を試み、何度でも大いなる蔭の腕を伸ばした。地と、地を這う者たちを己が懐に抱き入れんと、ねばり続けたのだ。
建国より二代目にして、ケルキニーの王は森を征する野望を捨てた。監視の拠点として砦が置かれ、見張りの兵が配された。任に就いた者には、その任を全うできれば一生の暮らしに不自由の無い財と名誉が保証された。全うできぬ者が多かった。逃げた者、消えた者……。或るいは連れ戻され、或るいは再びの着任を拒み……。拒めば森の奥へと追い立てられるのであった。行く末の知れる例は少な
(1000文字)
CN
壱岐津礼
主に、大惨事が起きたり人が沢山死ぬ奇怪な話を書く小説家です
試し読みはここまで